精神療法グループ
当教室では、第5代教授・山下格(やました いたる)先生が掲げた「診療に融け込む精神療法」の理念のもと、特定の学派に偏らず、日常診療の中で自然に展開される精神療法を大切にしています。この姿勢は、山下先生の以下の言葉に象徴されています。
「私は長く精神科の診療に携わってきたが、精神療法というあらたまったことをしているという意識はない。しかし毎日の診療の中に、自然に、さまざまに、ごく当たり前の精神療法というものが融け込んでいるのではないか」
― 山下格「診療に融け込んでいるもの」(『精神療法』2005)
山下先生は、精神療法が特定の理論や技法に閉じるのではなく、患者の語りに寄り添う日常診療の中に自然に織り込まれ、個別性に応じて展開されることの重要性を強調されました。その診療姿勢は、「理論より実際、純粋より混合、単独より併用、全例に一様より各症例ごとに多様」という言葉に凝縮されています。
また、精神医学全体に対する深い洞察を持つ山下先生は、精神科診断についても次のように述べています。
「診断とは、疾患について、疾患をもつ個体について、さらに個体をつつむ環境について、必要なあらゆることを知り尽くそうとする、終わりのない努力を意味するといえる。もちろん病名を確定することは大切である。それはこの終わりのない努力のうちの不可欠の一部であって、最終的な目的ではない。診断のプロセスは空間的、時間的な広がりをもって動きつづける。その動きは決して一直線には進まない。」
― 山下格「誤診のおこるとき」(1980)
このような考え方を受け継ぎ、精神療法グループでは、支持的精神療法、認知行動療法(CBT)、集団精神療法、精神力動的(精神分析的)アプローチなど多様な治療法・技法を、患者ごとに柔軟に組み合わせて活用できる体制の構築をすすめています。これまで当教室では、統合失調症、双極性障害、うつ病、摂食障害などを対象に、主にCBTの技法を用いた包括的な治療を行ってきました。
加えて、体系的で専門性の高い精神療法の修得にも力を注いでいます。教室出身者を中心に設立されたNPO法人「北海道認知行動療法センター」では、北海道地域におけるCBTの普及活動を積極的に推進しており、厚生労働省の認知行動療法研修事業にも当初から参画し、現在も教室出身の医師がスーパーバイザーとして活躍しています。また、初学者によるインターネット支援型CBTの実装可能性を検討する研究も行っています。
さらに2025年度からは、精神分析家・集団療法家として国際的に活躍する加藤隆弘(かとう たかひろ)先生が第8代教授に就任されました。加藤先生は、全国の臨床家を対象とした「加藤 精神分析入門セミナー 」を主宰されており、精神力動的(精神分析的)アプローチを日常臨床にどう活かすかについて、初学者にも分かりやすいレクチャーや事例検討会をオンラインで行っています。北海道で精神分析や精神分析的集団精神療法を本格的に実践・訓練できる場を提供してゆく予定です。
当教室では、山下先生の格言に象徴されるように、患者の個別性を重視する視点から、DSM/ICDのような操作的診断基準を使うのみで表面的に「分かった(わかった)」として単なるガイドラインにのせるような治療を良しとしません。現在の診断に安住せずに、患者を深く理解する努力を継続できる精神療法家の育成を目指しています。「分かる」ことに重きが置かれがちな加速化する現代デジタル社会では、「分からない」ことは切り捨てられがちですが、そのような時代だからこそ、「分からないこと」とともに生きることを可能にする精神療法の知識と技術が求められています(加藤隆弘『精神療法』2024)。精神療法の習得は時間もエネルギーも必要な大変な作業です。一見すると非効率的にみえるのですが、人間の複雑な内的世界に向き合い、患者に真に寄り添うことが出来る精神科医になるためには、避けて通れない道なのかもしれません。当教室では、包括的かつ統合的な精神療法の実践の継承をめざし、今後も研修医や若手精神科医への教育・支援を一層充実させてまいります。
文責(大久保 亮)