気分障害グループ
北海道大学病院精神科神経科の気分障害グループは、うつ病や双極性障害に代表される気分障害の診療・研究・教育において、これまでに先進的な活動を展開してきた。下記に述べるような気分障害における生物学的研究を基盤として、近年では認知症をはじめとする他疾患との併存・鑑別の重要性にも着目し、診断精度の向上と治療戦略の構築にも取り組んできた。気分障害が示す多様な症候の背景にある、器質的病変や発達歴、社会的要因が複雑に絡むことを理解し、臨床での診断精度と治療の質を高めることを重視している。
基礎研究
当グループでは、抗うつ薬や気分安定薬の作用機序の解明を中心に、近年では神経細胞新生、不安の神経基盤、幼少期ストレスの長期的影響などを主題とした神経生物学的研究を継続して行ってきた。特に、ラット海馬由来神経前駆細胞を用いた神経細胞新生モデルの構築や、恐怖条件付けモデルを用いたセロトニン神経系の解析は、本邦において先駆的なものであった。また、幼少期の逆境体験がエピジェネティクスを介して神経発達や気分障害に与える影響についての研究は、国際的にも高い評価を受けている。
臨床研究
臨床領域においては、TEMPS-Aなどを用いた気質評価とライフイベント・虐待歴との関連、白質構造の画像解析、気分障害における薬理学的介入と生物学的指標における関連への検証など、多面的な調査を実施してきた。また、うつ病と双極性障害の鑑別や治療反応予測のための生物学的指標や心理指標の探索も進めており、拡散尖度画像やアクチグラフィを用いた研究は、その一環として新たな知見を提供している。
さらに、認知症における精神症状と脳内ドパミン神経系の関連や、脳脊髄液バイオマーカー・画像診断にも貢献しており、高齢者のうつ病や認知症の鑑別診断に向けた臨床研究も多く手がけている。また近年は、気分障害患者の認知機能に着目し、記憶・注意・遂行機能といった神経心理学的指標の評価を通じて、認知的側面の障害と病態の関連性を検討しており、気分エピソードの有無にかかわらず持続する認知機能障害への理解と、リハビリテーション的アプローチの基盤構築にも力を入れている。
多職種・地域連携と教育
当グループは、リエゾン精神医学や認知症医療など、複数の診療科や多職種との連携による総合的な精神医療の実践にも積極的に取り組んでいる。また、学生・研修医・大学院生への教育にも注力しており、臨床技能だけでなく、高い倫理観をもち患者および多くの医療従事者との円滑な関係を築けるような精神科医を育成すべく、日々邁進している。
今後の展望
脳画像・分子生物学・DX技術などの融合によって、気分障害領域はまた新たな地平を迎えようとしている。私たちはこれからも、患者一人ひとりに寄り添い、北海道という地域に根ざしつつ、世界水準の精神医療・研究を追求していく。
文責:気分障害グループチーフ
成田 尚