平成28年業績 学位

COBRAを用いた双極性障害の認知機能障害に関する検討(Studies on cognitive impairment assessed by COBRA in bipolar disorder)

豊島 邦義

双極性障害では寛解期においても認知機能障害が残存し、社会機能に影響を及ぼすことが知られている。客観的認知機能評価に比べ、主観的認知機能評価が行われてこなかった一因として、双極性障害に特異的な主観的認知機能障害評価尺度が存在しなかったことが挙げられる。そのような状況で、双極性障害の主観的認知機能障害評価尺度であるCognitive complaints in bipolar disorder rating assessment (COBRA) がRosaらにより作成された。本研究では、第一章でCOBRA日本語版を作成し、その信頼性および妥当性を検討した上で、COBRA日本語版と神経心理学的検査との関連を検討した。その結果、COBRA日本語版は、双極性障害の主観的認知機能障害評価尺度として、信頼性および妥当性の高い尺度であることが示され、神経心理学的検査との間では処理速度と関連することが示された。第二章では、COBRA日本語版を用いて、双極性障害寛解期における主観的認知機能障害とQuality of life (QOL)との関連について検討した。その結果、主観的認知機能障害の重症であるほど社会機能と関連するQOLが低下していることが示された。第三章では、COBRA日本語版を用いて、双極性障害寛解期における主観的認知機能障害と病識との関連について検討した。その結果、主観的認知機能障害が重症であるほど、現在の服薬の効果に関する病識が乏しいことが示された。第四章では、COBRA日本語版を用いて、双極性障害寛解期における主観的認知機能障害と事象関連電位との関連について検討した。その結果、事象関連電位で検出される不随意的注意機能が保たれているほど、主観的認知機能障害が重症であることが示された。本研究を総括して、双極性障害寛解期における主観的認知機能障害は、生物学的側面、心理学的側面、社会的側面など幅広い領域と関連しており、今後さらなる検証が必要であると考えられた。

統合失調症における幼少期ストレス、人格傾向が抑うつ症状と自殺念慮・自殺企図に与える影響について

大久保 亮

幼少期ストレスは、うつ病や躁うつ病、統合失調症などの精神疾患の発症に影響を及ぼす。幼少期ストレスが精神疾患の発症に寄与する要因として、人格傾向が広く報告されている。最近我々は共分散構造分析を用いて、うつ病患者と健常者で人格傾向が幼少期ストレスと抑うつ症状の関係を媒介していることを示した。また、統合失調症患者において、幼少期ストレスと抑うつ症状の相関、人格傾向と抑うつ症状の相関が報告されている。それゆえ、統合失調症患者において、幼少期ストレスと抑うつ症状の関係に人格傾向が媒介するという構造が成り立つ可能性は十分に考えられる。しかしながら、我々の知る限り、統合失調症患者において、この人格傾向の媒介効果について検討した研究はいまだ存在しない。本研究の目的は、人格傾向が幼少期ストレスと抑うつ症状を媒介するという仮説について、共分散構造分析を用いて検討することである。

北海道内の北海道大学病院・市立稚内病院・市立釧路総合病院・国立病院機構帯広病院の4施設において多施設横断研究を行った。本研究は北海道大学病院をはじめとする各病院の自主臨床研究審査委員会により承認され、本研究の参加前に全研究参加者より文書による同意を取得した。対象は2015年11月から2016年3月の期間に上記施設を定期受診した、統合失調症に罹患している20~64歳の外来患者554名である。そのうち、主治医判断で配布しなかった95名と同意が得られなかった130名を除いた329名が研究に参加した。参加者は以下の3つの質問紙に回答した。幼少期ストレスを測定するChild Abuse and Trauma Scale (CATS)、人格傾向を測定する Temperament and Character Inventory (TCI)、抑うつ症状を測定するPatient Health Questionnaire-9 (PHQ-9)。さらに家庭環境や教育期間などの背景情報を聴取した。また、研究参加者の主治医には以下の3つの評価尺度を用いた評価を依頼した。統合失調症の症状を評価するBrief psychiatric rating scale (BPRS)、統合失調症の現在の重症度を評価するClinical global impression rating scale –severity (CGI-S)、病識を評価するPositive and Negative Syndrome Scale (PANSS)のG12項目を使用した。研究参加同意後同意を撤回した5名を除いた324名のうち、最終的に265名が質問紙に回答・返送し、そのうち完全な回答が得られた255名を解析の対象とした。

本研究において、TCIで測定される4つの気質、3つの性格のうち、高い損害回避、低い自己志向、低い協調が、幼少期ストレスと抑うつ症状の関係を媒介していた。また幼少期ストレスと抑うつ症状の重症度との関連が、主に人格傾向で説明される(percent mediation=67%)ことを明らかにした。これらの結果は、幼少期ストレスが、人格の発達、つまり高い損害回避、低い自己志向、低い協調といった人格傾向の形成に関与し、その結果として抑うつ症状の増加に影響することを示唆している。また、健常者、うつ病患者を対象とした先行研究で示された、幼少期ストレスと抑うつ症状の関連に対する人格傾向の媒介効果が統合失調症でも認められる、とする我々の仮説を支持するものである。この結果から、幼少期ストレスと抑うつ症状の関係への人格傾向の媒介効果が、疾患の有無、疾患の種類に関わらず、同じである可能性が示唆された。

月経前不快気分障害に対する心理社会学的因子の影響 (Influence of psychosocial factor on symptoms of premenstrual dysphoric disorder)

若槻 百美

【背景と目的】月経前不快気分障害 (premenstrual dysphoric disorder: PMDD)は、月経前の黄体期にのみ、大うつ病エピソードと同様の重篤な精神症状や身体症状が発現し、月経発来と同時に消退もしくは消失する疾患で、成熟期女性の2~5 %に認められる。Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fifth Edition (DSM-5)で抑うつ障害群に分類され、気分障害と共通した病態を持つと想定されている。気分障害の発症と経過には幼少期ストレスやライフイベント、気質が影響を与えることが示されており、PMDDにもこれらが同様に影響を及ぼすと予測される。 そこで、一般女性におけるPMDD症状と心理社会的因子の検討を行った。

【方法と結果】20~45歳の一般女性を対象とした無記名のアンケート調査を行い、204名を解析対象とした。PMDD評価尺度、PMDD症状のVisual Analogue Scale (VAS)、抑うつ症状、幼少期虐待、気質、ライフイベントに関する6種の質問紙のほか、年齢、就労状況、婚姻状況などの背景項目を調査した。PMDD症状の重症度に対する調査項目の影響についてステップワイズ法による重回帰分析を用いて検討した。また、PMDD症状を幼少期の虐待、気質、成人期のライフイベントが予測するかを、構造方程式モデリングを用いて解析した。ステップワイズ法による重回帰分析の結果、PMDD症状の重症度に対して、不安気質、循環気質、否定的ライフイベント、年齢の順に有意な変数であることがわかった。構造方程式モデリングでは、幼少期のネグレクトはPMDD症状の重症度を循環、不安、焦燥の3つの気質を介して間接的に媒介することが示された。また、PMDD症状の重症度は、循環、不安、焦燥の3つの気質とLESの否定的ライフイベントで予測されることが示された。

【結論】本研究の結果から、一般女性において、幼少期のネグレクトがTEMPS-Aで測定される感情気質を介して間接的にPMDD症状の重症度を予測し、うつ病と共通した病態基盤が想定されることが示唆された。

一般成人における抑うつに対する幼少期ストレス、気質、ライフイベントの影響:階層的重回帰分析による検討

中井 幸衛

うつ病は多因子により発症し、遺伝、環境、人格要因などの発症への関与が指摘されている。近年、我々の研究グループはTEMPS-Aによって評価された5つの感情気質のうち4気質(抑うつ、循環、焦燥、不安)が、一般成人における小児期虐待の抑うつ症状に対する効果の強力な媒介因子であることを共分散構造方程式による解析で示した。これら4気質は成人期抑うつ症状と過去1年間の否定的ライフイベントの評価を直接予測した。過去1年間の否定的ライフイベントの評価は有意だが軽度に抑うつ症状に影響していた。しかし、これらの媒介作用に加えて、抑うつ症状を増強あるいは抑制する調整効果についても検討する必要がある。本研究は、感情気質、小児期虐待、成人期の過去1年間のライフイベントが互いに交互作用して、一般成人の抑うつ症状に影響するという仮説を立てて検証した。

一般募集し同意が得られた成人302名を対象として自記式質問紙で調査を実施した。有効回答数は286名であった。使用した質問紙は、①PHQ-9:うつ病尺度、②LES:過去1年間のライフイベントに対する評価、③TEMPS-A:感情気質尺度、④CATS:小児期の虐待的養育環境を測定する尺度、の4つの質問紙を実施した。これらの変数の抑うつ症状に対する交互作用を調べるために、階層的重回帰分析をおこなった。

抑うつ気質、不安気質は小児期虐待の抑うつ症状に対する効果を増強し、焦燥気質は否定的ライフイベントの抑うつ症状に対する効果を増強していた。すなわちこれらの感情気質はストレスに対する脆弱性を示し、より抑うつ症状を惹起しやすい人格要因であるといえる。一方、発揚気質は、小児期虐待と否定的なライフイベントの抑うつ症状増加効果に対して拮抗的に作用することから、ストレスに対する抵抗性を示し、より抑うつ症状を惹起しいくい人格要因であるといえる。すでに神経症的傾向がうつ病の脆弱因子であることが報告されているが、本研究はうつ病の脆弱因子だけでなく抵抗因子となる感情気質を見いだしたことは臨床的にも非常に重要である。

さらに、小児期虐待と成人期否定的ライフイベントの正の交互作用が本研究では認められ、両者は抑うつ症状出現を増強していた。すなわち、小児期虐待、特にネグレクトの既往のある対象者では、成人期ストレスが加わるとうつになりやすいということを示している。加えて、肯定的なライフイベントが循環気質と不安気質を有する対象者で抑うつ症状に対して負の調整効果を示したことも臨床的に重要であり、これらの気質を有する患者では肯定的な体験をすることがうつ症状改善に寄与することが示唆される。

本研究で得られた知見はこれまでの心理療法の理論的な機序を説明するとともに、新たな心理療法の開発につながり、うつ病の治療向上に貢献することが期待される。

食習慣・肥満の心理学的・神経生理学的影響に関する研究 (Studies on psychological and neurophysiological consequence of dietary habits and obesity)

宮崎 茜

日本型の食事は健康を促進する効果が経験的に知られているが、食習慣が心理特性、行動特性にどのような影響をあたえるか、さらにより不適切な食習慣は中枢神経系にどのような影響をあたえるかは十分に明らかになっていない。

本研究では健康な中高年成人における食習慣の心理・神経生理学的機能を検討した。第1章では、食習慣と心理特性との関連を検討するために、食品の摂取頻度および心理特性についての調査データを分析した。結果、食品摂取頻度から日本型の健康食パターンが抽出された。健康食パターン得点の低さは、衝動性を反映する心理行動特性の高さとの関連が示唆された。第2章では、肥満傾向による神経メカニズムへの影響を検討するために、脳波の一種である事象関連電位を評価した。参加者の体格指数(Body Mass Index; BMI) と事象関連電位の指標との相関を調べたところ、BMIの高値は事象関連電位のMismatch negativity(MMN成分)の頂点振幅の減弱との関連が認められた。

健康な対象者において、健康的な食事パターンと衝動性との関連が示唆されたことから、因果関係については明らかではないが、衝動性を反映する心理特性は健康的ではない食習慣のリスクとなることが考えられた。また、BMIの高値と持続長MMN成分振幅の低下との関連から、肥満傾向と脳の神経生理学的メカニズムとの関連が示唆された。肥満傾向は偏った食習慣による影響を受けることから、食習慣は持続長MMN成分に影響する可能性がある。食習慣への介入試験によって、日本型の食習慣による心理行動特性、神経活動への影響が明らかになる可能性も考えられ、今後さらなる検討が必要である。