平成30年業績 学位

てんかん患者は皮膚電気活動が低下している

堀之内徹

【背景と目的】

難治性てんかんの治療法の一つに、皮膚電気活動(electrodermal activity: EDA)を用いたバイオフィードバック療法が存在する。これは、EDAを末梢交感神経機能の指標とし、バイオフィードバックによってEDAを亢進させることでてんかん発作抑制を目指す方法であり、他の治療法と同等の治療効果を持つとされる。しかしながら、その基盤となるてんかん患者のEDAに関する報告はなく、これらがどのような性質を持つのかは不明である。今回我々は、てんかん患者の安静時EDAを測定し、健常群と比較した。

【対象と方法】

てんかん患者22名と、健常者24名を対象に、横断的観察研究を行った。測定にはリストバンド型の皮膚電気活動測定器を用い、温度・湿度・時間などの測定条件を統一した上で、両側手首の安静時EDAを10分間計測した。またてんかん群においてEDAと、てんかんに関わる要因との相関を解析した。

【結果】

てんかん群と健常群の安静時EDAは、全10分間の平均において明らかな差を認めなかった。ただし測定開始後1分間において、てんかん群のEDAは健常群より低い傾向を認めた(P=0.12)。てんかん群から発作抑制者4名を除く18名で健常群と比較した場合は、有意にEDAが低かった(P=0.036)。また、てんかん群においては、発作頻度がEDAと有意に逆相関した(ρ=-0.50, P=0.016)。一方、罹病期間や薬剤数はEDAと相関しなかった。

【考察および結論】

てんかん群ではEDAが低く、また発作頻度が多いほどEDAが低下していた。これは、てんかん患者における交感神経機能低下を示していると考えられる。その機序としては、繰り返す発作が、交感神経機能を担う辺縁系-視床下部に機能不全を引き起している可能性がある。

「アルツハイマー型認知症患者における認知機能検査と脳血流SPECTの相関に関する検討」

井上 藍

1.緒言

アルツハイマー型認知症(Dementia of Alzheimer’s Type、DAT)の神経病理は、DATの長い臨床経過の中で、一定の順番で、脳部位特異的に生じるとされている。またDATの主症状である認知機能障害の進行は、このような脳の器質的障害に直接に由来する症状と考えられている。

患者のもつ様々な認知機能を測定することを目的として使用される検査として、日本語版Neurobehavioral Cognitive Status Examination(COGNISTAT)のような認知機能バッテリー検査が存在する。COGNISTATの各下位項目検査の結果はそれぞれ対応する脳部位の器質的障害を反映していることが期待されるが、このことを実際に検討した研究は我々の知る限りまだ存在しない。本研究では、DAT患者に対し、COGNISTATを用いて認知機能評価を行い患者の局所脳血流との相関を見ることで、COGNISTATの各下位項目検査が患者の認知機能障害の程度を正確に反映することが出来ているかどうかの検討を行った。

2.実験方法

北海道大学病院精神科神経科で2011年5月9日から2014年7月7日までにもの忘れ検査入院を受けた患者のうち、疾病及び関連保健問題の国際統計分類10版(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 10、ICD-10)及び精神疾患の診断・統計マニュアル4版 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-4; DSM-Ⅳ)により「アルツハイマー病」と診断され、日本語版COGNISTATを施行し、北海道大学病院でIMP SPECTが撮像されている患者を対象とした。

はじめにMMSEおよびHDS-RとCOGNISTATの関係の検討のため、HDS-R、MMSEの対応する質問項目とCOGNISTATの下位尺度得点の間で相関を検討した。相関の検討にはspearmanの順位相関係数を使用した。統計学的検討にはR statistics を用い,有意水準はp<0.05とした。

さらに、COGNISTATの下位尺度およびMMSE,HDS-Rの総得点と、SPECT画像の相関を検討した。得られたSPECT画像を標準化し、各行動指標について、年齢、性別を補正した上で、ボクセル毎に相関の比較を行った。ボクセルレベルの有意水準はp<0.001で多重比較の補正はなしとし、クラスターレベルの有意水準は、p<0.05で FamilyWise Error(FWE)で多重比較を補正した。解析にはMATLAB上で駆動するSPM12を使用した。

3.研究結果

31例のDAT患者が研究対象となった。MMSE、HDS-Rの各項目と、対応するCOGNISTATの下位尺度との相関についてspearmanの順位相関検定を実施したところ、有意な相関を示したのは14項目中7項目であった。

年齢、性別を補正した上でCOGNISTATの下位検査項目と脳血流SPECT画像の相関を検討したところ、計算・類似・復唱の3項目で、各々の機能に対応する脳部位の血流低下を認めた。その他の下位項目及び、MMSE、HDS-Rの総得点と脳血流SPECT画像には、有意な相関が認められなかった。

4.考察

MMSE、HDS-Rの各項目と、対応するCOGNISTATの下位尺度との相関についての検討では有意な相関を示した項目は半数であり、簡易認知機能検査では個々の認知機能を十分に測定することは困難である事が示された。

COGNISTATの下位尺度と脳血流SPECT画像との相関の検討では、計算では左下頭頂小葉、類似では両側下頭頂小葉とそれぞれ先行研究の示す認知の局在と一致する箇所に相関を認めた。復唱の項目については左中前頭回に相関を認めたが、これは検査の特徴から注意機能を反映しているものと考えられる。一方で相関の見られなかった項目については、課題の回答に複合的な認知機能を要しているために、同程度のスコアであっても血流の程度が異なっていることで有意な相関として検出されなかった可能性が考えられた。

本研究は少数例かつ軽症DAT症例を中心とする患者群を対象とした研究であったことから、今後はよりサンプル数を増やし、また軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment、MCI)症例や、中等度から重度のDAT患者を対象にした検討を行う必要がある。